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素人絵師が何かに挑戦するブログ

創作活動の内容や感じたことをひたすら書くブログです。

漫画の無料公開は害悪だった。

創作活動中に思った事

 

現在、販売用の漫画を描いています。残り4ページほどでネームが完成します。内容はイメージ通り描けていますが、線画が問題です。

 

それで私、ここ最近までずっと読者にイライラしていました。それから漠然とした不安がありました。

その正体が具体的に何なのか、理由が分からず精神が滅入っていました。

 

その突っ掛かる疑問が明確になったのはこの記事を読んでからでした。

www.okamoto-yu.net

 

(スマホ投稿なのでちゃんとリンクできていないかもしれません)

 

これを読んで納得しました。

漫画の無料公開についてプロの漫画家さんがインタビューを受けています。それについて綺麗にまとめられており、的確な意見が書かれております。

特にこの『作者と読者の対等な関係性』という点で、私は強く共感を抱きました。漫画という品物をお金を支払い読む。この流れは、漫画というコンテンツと真っ当に向き合うために必要な手続きです。これをしないで文句を言う人がいるのは多く見受けられます。無料で読んでいるくせに文句を言うのは作者に失礼なのではないでしょうか。それを知らない書き手と読み手がなんと多いことか。

そして、最後の一文。

あなたは今、目の前のコンテンツと誠実に向き合えているでしょうか?

この言葉はグサリと心に刺さりました。私はきちんと自分の描いた作品を誠実に見ていなかったのです。無料で自分の作品を公開するというのは、こういう事なのです。無料で漫画が読めるこの時代、もう一度素人絵師、ならびに、素人作家の方は自分の作品を大事に扱うべきです。あなたの作品は本当に無料の価値しかないのでしょうか。

これをまとめてくださり、そして気づかせてくれた記事のライター岡本さんには感謝しています。この記事を読んで自分の作品と誠実に向き合い、よく考えてみることをオススメします。

(雑な紹介になってしまったので改めて訂正しました。また、リンクをパソコンから貼り直しました。)

 

話は本題に戻りますが、今まで私は気軽に漫画を無料公開してきました。

誰もが私の作品を読みに来てくれると、それだけで感激していました。まぁ二次創作ではありますけど。

しかし、描いていて不毛に思っていたんですよね。

面白い作品を描こうと思うほどに、これを描いてなんの意味があるんだと、そう思うのです。

今より評価が高くなっていったとしても、結局は無料公開ですから。

評価の数よりも、私の作品が無料の価値でしかない事に虚しくなるんです。

そして二次創作ですし、いくらランキングに上がっても嬉しいのはほんの一瞬で、しかも中途半端。漫画で一桁ランクに入ったのもたった一度きり。私が描いているのは二次の無料漫画。虚しい思いは高まる一方です。

そして、今の読者は二次創作だから寄ってきているのです。ジャンルの波が沈まれば、私と彼女たちの繋がりはいずれは無くなることでしょう。

 

人が愛着を持つ条件を、私は昔から知っています。

 

この二つの条件が重なると、人は愛着を持ちやすくなります。

執着や固着という言い方にも変換できます。しかし、その差は人間にとって微差でしありません。普通の人が明確に判断する事は難しい領域です。本人のみぞ知る心のお話になります。

 

その愛着の条件を紹介しましょう。

一つは時間、二つめがお金です。

 

長く活動を続けていれば愛着も湧きます。そしてお金を払えば人は金銭と交換したその物に価値を高く見出します。

時間とは、すなわち、寿命です。自分の寿命を割いてまで費やした対象を人は大事だと感じるのです。

お金とは、すなわち、覚悟です。生きるためのお金を出してまで選んだ、覚悟の末の対象を人は強く重んじるのです。

物を捨てられない人は上記の影響が強いと思われます。つまりこれは人間の本能なのです。

 

私と今の読者は無料公開という、その程度の価値でしか繋がっていないという事です。

私の作品は、移動時間や暇な時に金もかけずにとりあえず読めるものでしかないのです。

 

今描いている漫画を実際に販売すれば、私の作品に価値を見出してくれている人と、その数が明確になる事でしょう。

 

私はこの虚しい気持ちを、私の活動を記録しているこの場所に書き残しておきたいと思いました。

 

最初は無料公開で満足していられますが、そうじゃなくなる時が必ず来るのだと知りました。

それに気付いた時、嬉しい気持ちでした。やっとモヤモヤが消えたような、向かう先が見えたような気持ちになりました。

 

これで読者に憤りを感じていた理由が明確になりました。

 

そしてもう一つ。

不安要素についてです。

 

これは私の作品にお金を払うだけの価値があるのかという事が起因のようです。

お金を払ってもらう以上、適当な作品にするわけにはいきません。時間をかけて慎重にネームを描いていますが、不安は拭えません。

なぜなら、一発目で商売は左右されるからです。

金を出して買ったのにこんなレベルなの?無料公開の方の漫画のほうが面白いんだけど。と思われてしまってはならないのです。

最初が肝心という言葉がピッタリ当てはまります。

無料公開では許されるものも、有料となるとそうもいきません。

この不安は結果が見えてから解消される問題です。

なので、全身全霊で、私の今までの創作活動の経験全てを注ぎ、漫画を描くのみです。

 

結果は来月か再来月に分かるでしょう。

良い結果がかける事を願います。

 

 

今回は以上です。

 

 

 

 

 

 

読者がアンチに変わっても、読者が離れてしまっても。

創作活動中に思った事

私が創作活動をしている中で、嫌というほど思い知らされる事があります。

それは『読者の感情の変化』についてです。

 

読者というのは気まぐれなもので、最初は私の作品に興味を持ち、何となく『作者はどんな人なんだろう?』という恐らく興味本位でSNS上でのフォローをしたり、作品を好意的に評価したり、はたまた絶賛の言葉を送ってくれたりします。

それでも飽きれば私は『ただの人』どころか、『無関心の対象』となっていきます。

それがとてつもなく悲しくなる時があります。

しかし、それは自然の流れなのだとも理解ができています。

なぜなら、私もそうだったからです。まだ創作駆け出しの5年前の事。SNSで好きな絵師や漫画家の人を見つけてはフォローし、毎日チェックして楽しんでいました。しかし、その人の活動が遅くなると存在すら忘れて、つまり飽きがきて何となくフォローを外すときがありました。

今思えば、私も同じ事をしていたのです。読者はせっかちだから、早く続きがほしいのです。

あるいは、その作者が自分の考えている『理想』とかけ離れていた場合、思ってた人と違うな…と離れていくのです。

もし熱狂的ファンだったとして、自己主張の強い人間ならばどうなっていると思いますか?

対象者に強く意見を撒き散らす行為をするかもしれません。

これがファンからアンチに変わる瞬間なのではないかと推測します。

 

こうした状況を何度も体験した私はいつも思うのです。

作者と読者は恋愛をしているようだと。

 

読者は作者の作品(外見)に惹かれ好きになり、本人(中身)に近づき熱狂的な人だとファンレター(ラブレター)を送るようになります。ひとたび、本人(中身)を垣間見て悪いほうのギャップを感じた瞬間、酷く幻滅するのです。ギャグを描いているから(明るそうに見えるから)、作者まで面白い(明るい)人だとは限りませんし、人間ですから常にポジティブ思考というわけでもありません。

それなのに、勝手に好かれて勝手に嫌われたりします。創作活動をしていると、それを何度も体験します。

私はプロでもなければ、お金を貰って活動をしているわけではないのです。本来であれば読者と同じ立場の一般人です。それなのに世間は悲しいかな、そんな事は関係ありません。読者は私の一喜一憂関係なく飽きたら去っていってしまいます。

 

ある時、私は読者の方に一度だけこんな事を言われました。

『フォロワーが多いのだから、あなたの発言には影響力あるのです。気をつけてください』と。

『いやいやいや…、ちょっと待ってくれよ。私はそんなフォロワーは多くないし、なぜ勝手にフォローしてきた素性も知れない誰かのために、無償で絵を描いている私の方が言動を控えることをしなければいけないんだよ。思った事や感じたことは書かせてくれよ。なぜそんな言葉で私を束縛しようとするんだよ』と思いましたが、言えませんでした。

 

上記の読者の話を恋愛に例えるとこういう事です。

『僕(私)はあなたの事が好きなんです。だから僕(私)の理想のあなたでいてください。言う通りにしてください。』

 

そして、こっちが否定的な返事をするとファンがアンチに変わるように、私から見て全然知らない告白してきたその人は、勝手に好きになっておいてこっちの気持ちと無関係に『なぜ僕(私)の事を受け入れてくれないんですか!』みたいな癇癪を起こすのです。

それでも当然ながら、恋愛と創作活動は全くの別物です。

恋愛は嫌いならハッキリ断れば済みます。それでストーカーになるかもしれませんが、自分の意見をハッキリ伝える事ができる分、後悔はしません。(※作者によってはバシッと言う人がいるかもしれませんが、大概そんな事言えませんよね)

 

しかし、創作活動は素人だったとしても読者はお客様扱いしなければならないような空気がなぜか存在し、余計な事を言おうものなら読者は瞬時に離れていきます。あるいは、何らかの形で陥れようとしてくるかもしれません。(※経験有。)

創作活動を通じて、私は読者よりも作者の方が立場的には弱いのだとハッキリ思いました。だから私はほとんどの読者が苦手で怖いです。私の作品を面白いと絶賛してくれたにも関わらず、作者の言動が少しでも不愉快に思おうものなら、その瞬間に作品まで嫌われてしまうのです。

数字が減るたびに、私は『どこがいけなかったのか』を探そうと必死になる方や、読者はもう既に私には関心がなく、日常を過ごします。それが怖い話だという事です。

 

上記のお話は、『そういうわけだから一切合切、読者に媚びなければいけないんだ』という事ではありません。

 

例えばピクシブに話を当ててみます。

ピクシブの評価を伸ばす為に読者のコメントや彼らの趣味思考に合った作品を、自分の描きたいものではないのに描きだす人が多く存在します。これは媚びる行為そのものです。そして作品の評価が上がるにつれ、自分の描きたいものが分からなくなっていくのです。時間が経ってから、確かに自分が描いて評価されたにも関わらず、絵を描くことが苦痛になっていくケースもネットの記事で腐るほど目にしました。

 

『私はこんなものを描く為に絵を描き始めたわけじゃない。絵を楽しいと思いながら描いていたのはいつだったのか、全然思い出せない。』

 

その思いは悲しみを生み出し、いつしか創作活動を辞めてしまう人もいるようです。

 

私も読者の評価を気にするあまり、そういう媚びるような行為を今でも多少はしています。しかし、創作活動を続けていられるのは、以前オリジナルで結果を出せていた事が基盤にあり、また自分のオリジナル作品を認めてもらえる日が来ると信じているからです。

創作活動を始めたころ、二次創作を描いた事はありませんでした。

今は原作の力を借りて少しだけ名前を伸ばしましたが、それは好きで描いていたので読者に媚びているわけではありません。と言いたいところですが、活動中に媚びる絵を描いていたのは事実です。しかし私は自分の描きたいものも並行して描いてきました。それにより、『描きたい絵』と『描いたら受け入れてもらえる絵』とのバランスが取れていたのかもしれません。

 

そして私が今でも創作活動を続けていられるのは、その過去の作品の評価と、読者が離れていかないように活動をスピーディに進めなければならないという焦りが程よい刺激となって現状活動できているのかもしれません。

 

最近では、フォロワー数が減っても何とも思わなくなりました。いえ、少し思うところはあるのでできるだけこう考えて、悲しい気持ちを軽減させています。

 

『私の作品を見れないなんて可哀相だ。これからどんどん私の名は広まっていくのに、ああ、もったいないなあ。後で媚びてきても相手にしてあげないし、いいのよ』

と思っています。意地でも何かをやり遂げようとむしろ良い刺激になる方向へもって行こうと自分に言い聞かせています。

常に自分を超えることを意識するようになれば、おのずと良い結果が得られます。

 

そして、読者の感情の変化を利用し、『その離れていってしまった読者が、再度自分の作品を評価させる』ための作戦を考えてみました。

 

恋愛での心理をこの件に当てはめながら説明します。

ある作品(異性の外見)に惚れこみ、作者(その人の中身)を追いかける読者がいたとします。その作者(その人の中身)を見れば見るほどコレジャナイ感があり、ファンレター(ラブレター)を送っていたけれど、もう興味がなくなり、さようならとも告げず、ある日突然作家(好きだった人)の前から姿を消す、という流れから入りましょう。

作家は毎日いいものを作ろうと踏ん張り努力を続けました。(恋愛で言うと、これは自分磨きといったところでしょうか)

ある日、その作家の作品は大きく評価され、大物的な存在になりました。(恋愛に例えるならば、誰かと付き合ったことにしましょう)

離れていってしまった読者にとって、その作家はもう手の届かない人になってしまいました。あの時、熱狂的にファンレターを送りつづけていたら、仲良くなっていたかもしれないのに。惜しい事をした。と読者は少なくとも思うはずです。 (あの時、もっとアプローチしていれば、自分の恋人になっていたかもしれないのに、という心理と似ているのではないでしょうか)

 

すみません口説くなってしまいました…。

ミーハーな人の場合、それこそ上記のように思うかもしれませんね。そしてまた、あの時こんな話をした私です!覚えていますか?という感じで声をかけてくるかもしれません。

そんな展開になったとき、私はドヤ顔をしたまま返信は一切しません。だって都合がよすぎるお話じゃないですか。

 

人間ってそんなものです。隣の芝生は青いのだし、ないものは手に入れたいと思う生き物です。

 

(※上記の件は、全ての人がそうではなく、こんな考え方もあるな、という程度で捉えて下さい。)

 

高飛車になれとは言いませんが、読者の数が減っていて酷く落ち込んでいるのならば、去って行った読者だった人達を見返してやると思えばいいのです。少なくとも私は、その気持ちでいます。

アンチがつくほど文句のつけようがないくらい面白いものを描いて、無駄口言えないようにしてやると思う私です。

その甲斐あって私はアンチに『絵はうまいけど~』と言わせる事に成功した過去があります。

アンチがついているのは、それだけ目に見えて人気があるという証明なわけですから、それこそ自信を持つべきかと思います。

 

読者がアンチに変わっても、読者が離れしまっても、今の私にとって大した問題ではありません。

 

 

 

今回は以上です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

挑戦7:新人賞的なものに応募してみた。

挑戦したもの

 

2月に入った頃くらいの事です。

漫画のイベントで公募しているのを見かけました。恐らく掲載されてからすぐ目にしたらしい公募でした。

 

賞金があったので、金に目がくらみ、描いてみるか…、と一週間ほどで背景があまりない漫画を描き上げ投稿しました。全部で20ページ超えになります。

 

よくよく公募の内容を見ていなかったのですが、イベントかと思ったら普通に出版社から出されている新人賞ものでした。

 

賞金も数十万。

これで賞を取れたら知名度的にも徐々に上がるはずです。

 

知人に読ませたところ、大絶賛されましたが、なんせ描いた期間は一週間ほど…。自分で描いておきながらなかなか普通の漫画に見えて悔しいです。

 

そして、なにより二次創作と同じアカウントで出してしまった。とりあえず好評なようで、結果待ちといった感じです。

 

今回は以上です。

 

 

 

挑戦6:SAIからクリスタへの移行。

挑戦したもの

 

 

元々SAIでお絵描きをしていましたが、SAIには機能が少なく、文字機能もなければ図形機能もないため、結構な時間がかかっていました。しかも私、プラグインしてないのでほとんどが人力です。

フリーソフトのアルパカを使い文字を入れたり、吹き出しは手書きで、絵を入れたあとで吹き出しを描くためスケ防止に白でバケツしていました。これが地味に面倒な作業で苦痛でした。そのためのフォルダも使わなければいけないし、変にメモリも食うやらで、レイヤー数も気にしなければいけないハメになります。

以前クリップスタジオEXを購入しまして、使いこなせずにしばらくインストールしたのを放置していました。

作業時間短縮のために、少しずつ機能を探ろうとまずは文字と吹き出しを入れてみることにしました。

 

描いた漫画のJPEG画像をクリスタに取り込み、上から文字→吹き出しの順で入れてみました。

なかなか楽チンですが、ショートカットキーがまだ覚えられていないので、SAI+アルパカと同じくらいの時間がかかりました。徐々に慣れてショートカットキーも取り入れれば相当楽にだろうという実感はありましたが、まだまだです。

 

とりあえず今日は、地道に作業を続け21時間かけてようやく投稿用の漫画が4分の3ほどの完成です。いまのところ全部で22pです。(休憩は何十回も入れていますけど)

 

そして、私が何年も漫画を描き続けてきて、やっと自分の強みを最近になって見つけました。それが漫画ラストの『引き』です。連載ならば次の話が読みたくなるもの、読み切りやショートギャグは次のページをめくりたくなるコマ配置にする、など、それを意識すればかなりの確率で読み手が反応してくれます。

ただ、これはかなり脳みそを使うので四六時中チョコばかり食べて豚になりつつあります。チョコよりも昆布に変えてみようかな。ガムでも可。

 

それから、今までトーンを使ったことがなかったのですが、試しにトーンの基本的な使い方を身につけようとSAIにプラグインして使ってみました。なかなかラクで、見栄えが良くなりました。なぜもっと早くやらなかったのかと思います。

 

これを今後クリスタで出来ればOKなわけですが。まずは一ヶ月くらい使ってみるのがいいかなと思いました。

 

SAIで使って慣れた機能をクリスタで試してみる。

これを繰り返せば、クリスタへの完全移行は楽にできるのではないかというお話でした。

 

今回は以上です。

 

ルールの変更

ブログのルール

 

 

以前のルールは、月1で挑戦したら報告のために記事を書くというものでした。

しかし、小さい挑戦の積み重ねをしている事に気づいてきたので、月1ではなく、どんなに些細な事でも記事に書くというルールに変更したいと思います。

 

ルールまとめ

(変更前)

  • 実行していない事を書いてはならない。(予告文や説明文は除く)
  • 月1、新しい事に挑戦する。(制作期間が必要なため月1としました)

↓(変更後)

  • どんなに些細な挑戦もブログに残す。
  • 挑戦以外の内容の記事は『その他』のカテゴリへ。

 

こんな感じにしようと思います。

この記事では以上です。

挑戦5:創作活動中に知り合った知人のイラストを描いてみた。

挑戦したもの

 

今回の挑戦は、私が現在のペンネームになってから知り合った創作活動仲間(?)の人が目標の登録者数を達成したため、その記念に絵を送りました。

アイコンにもしてくださり、とても喜んで頂けました。描いて良かったです。

 

が、まだ結果は予想よりも乏しいものがあります。

 

このようなケースでは、ファンの共有というものが言わずと創作活動者の間ではメジャー化しているようです。

例えば、ボカロの歌ってみた動画の歌い手がコラボをするのも、こんな感じの意味合いがあります。

お互いのファンに仲の良い創作仲間を紹介する、みたいなそんな意味があってコラボをするのです。単に仲良しという事もあるのでしょうが、大体はそれを目的にしていると影で噂があります。

私もそれを目的に(している気持ちは半々くらいで)緊張しながらプレゼントする絵を描き、ついでに私自身の存在をアピールするためにもだいぶ真面目に描かせて頂きました。

 

今は深夜なので、明日結果が分かると思います。楽しみな反面、全然上がらなかったらショックで精神がいかれてしまいそうです。

 

今日はこれで終わりです。

 

 

 

 

 

私の懺悔について

創作活動中に思った事

この記事は、挑戦とは程遠い話になりますが、挑戦の背景にある私の懺悔を書こうと思います。

 

私は過去、創作する上で大きな過ちを犯してしまいました。

それは嘘です。正確に言えば、秘密を持っていたということになります。

 

以前、私はエッセイ漫画を描いていました。その漫画の主人公は私自身ですが、自分の創作キャラクターを主役として描きました。自分の一次創作の宣伝を目的としていたからです。

しかし、その行為が仇となる事態になっていきました。

私のエッセイ漫画に出していたキャラクターの性別は男でした。その漫画を読んだ読み手は漫画の作者は男だと勘違いしたのです。つまり、私が男であると思ったのです。

私の知らない所で私のキャラクターがどんどん動いていきました。私は性別を書いていませんでした。読者が勝手に想像すればいいとしか思っていませんでした。それがいつしか、読み手の空気に合わせて自分を演じるようになってしまいました。つまり男としての自分を演出し始めてしまったのです。私にとってその行為は無意識の産物でした。

読み手の幻想を壊してはいけない。

読み手を失望させてはいけない。

そんな心の奥底に眠る感情が私を支配していたように思います。

意図しない形で訪れてしまった『秘密』、『隠し事』。それは非常に重苦しい事態です。

 

その後、私はその名前で創作活動をする事に窮屈さを感じるようになっていきました。自分の首を自ら絞めてしまったのは言うまでもありませんん。私は男として活動し、自分の抱える思いを殺していかなければいけなくなりました。

ある時、それに終止符が打たれます。

仲間内でのイザコザにより、私はそのペンネームでの活動を降りることとなりました。

そのとき、心のどこかでホッとした自分がいました。

これで自由に私は女として作品を別の場所で描き続ける事ができる。そう思ったのも一瞬だけで、辞めてからいざ作品の続きを描こうと思ったとき改めて例の『隠し事』の反動がやってきました。

同じ作品を描いた時、私が辞める事を惜しんでいた読者の何人かが私を検索する展開になっていました。現在のペンネームとは別に、二次創作を描く前の名前で作品の続きを描いていた時、以前の読者が私の作品を検索し、『やっと見つけました』と連絡を送ってきました。

その時、ネットの脅威的な普及と、自分のした過ちの深さを思い知りました。私はもう二度と、その作品を描くことができなくなりました。あるいは、自分の性別を公に晒し、自分が女である事を批判覚悟で公表するしかなくなりました。

どうして私は男を主人公にしてしまったのだろうと、そう後悔しています。

もし過去の私に助言をするならば、ちゃんと女である事を公表しなさいと厳しく言うでしょう。

 

今となってはそれも遅い話ではあります。

この問題を解消するには上記の二点の方法しか思いつきません。作品の続きを書くのをやめるか、あるいは、批判覚悟で女である事を告げるか。

地獄のような話です。

 

今現在、私は女であることを公表し、一次創作とは関係ない二次創作を描いていますが、前回の記事『挑戦:一次創作のキャラでPV動画作ってみた。』で一次創作の動画をアップしてしまったので、いつ以前の読者が訪れるのか内心恐怖しています。

だからロクに動画の説明書きも書かず、タイトルも検索エンジンに掛からないよう配慮したものになり、動画としての雰囲気作りができませんでした。

 

私にとってこの性別問題は自分で招いた結果です。

自分で何とか解消していかねばなりません。どうすればいいのかもう答えは出ているようにも思います。

女として活動をし続け、以前の読者と再会した時、正直に謝罪と告白をするべきだと、つまりそういう事です。

 

この世界で有名になっていくという事は嘘偽りない自分を常に保ち、過ちを犯さぬよう配慮していく心がけが必要なのだと思います。

私は今後、絶対作家として有名になります。そして自分の夢を叶えます。自分にはその力があると信じています。だから、何もかも正直に、真っ当に行動していかなければいけません。

いつか大きな結果をこのブログに書けるよう、今を全力で生きようと思います。

 

今日はこれで終わりです。